今年に入ってから素敵なご縁があり、外部サロン様でのトリートメント講師のお仕事をさせて頂いております☆
新しい学びの場に身をおくことで、アロマトリートメントの可能性を探ることができたり
他サロンの方針やスタンスの違いがまた刺激的でもあります。
しかしながら、いつも感じる事は
「先生」と呼ばれることについてはいささか疑問に思います。
わたしは「先生」と呼ばれるのを好みません。
可能な限り、機会あるごとに名前で呼んでいただくようにしております。
特に、教室や講習室以外で「先生」と呼ばれると本当に困惑し、違和感があります。
世の中には「先生」と呼ばれるのが嬉しくて仕方ない人がいるし
「先生」と呼ばれないと機嫌を損ねる人もいます。
まして、マッサージ業界ではお互いを「センセイ」「センセイ」と呼び合う風習すらあります。
しかし、「先生」と呼ぶ側はともかく、「先生」と呼ばれて喜んでいる態度は気持ち悪くて仕方ありません。
確かに教える立場として、教わる側より少しばかり先に進んでいるとは思います。
少しばかり早く勉強を始めているし、少しばかり多くの経験も積んできてはいます。
少しばかり多くの本を読んでいるし、新しい手技を開拓するため飛行機でひとっ飛びする事もあります。。
ですが、これは例えば「パソコンに詳しい同僚」と同じようなもので、「先生」と呼ばれて喜ぶようなものではありません
まして、お金を頂いて講習をしているわけで、教わる側の方がお客様であり主体です。
知識や技術を分かりやすく効率的にお伝えするのが教える側の役目であって、それだけの芸人に過ぎません。
「アロマセラピスト」が偉いわけでも、崇め奉る存在でもありません。
どうぞ「先生」を甘やかさないように、
どうぞ「教える側」を利用してより多くの知識や技術を盗んでいって下さるよう、お願いしたいと思います。
教える側が教わる側より人間的に優れているわけでも、尊敬されるべき存在でもありません。
むしろ、「教育産業」「お稽古ごと」は実体のない虚業の面が強いからこそ、
尊敬や崇拝を強いるのではないかとすら思います。
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おかげ様でサロンCocon の生徒さんは、わたしのことを「minakoさん」
と言って下さる方が多い為か、「生徒と講師」の垣根もなく
笑いが絶えないアットホームな雰囲気です♪
そして、同じ趣味や目標をもって志が高い方が多いので
輝いた瞳で熱心に聴講されています☆
「言葉」ではなく「トリートメント」のような技術を伝える事は特に難しく、
生徒さんひとり一人の体形や手の大きさ、指や手首のやわらかさがそれぞれ違いますので、
「私はどうしてこれができないの?」とおっしゃって落胆される方もいますし
前回の授業ではできたのに今日はできない・・・忘れてしまった・・・など・・・
生徒さんが真面目に一生懸命練習しているのは重々分かっているのですが
教える側が「まあ、いいか」とあきらめては、教わる側の上達は止まってしまいます。
同じ事を指摘するのは、はっきり言って、めんどくさいし、つまらないことです。
教わる側も良い思いはしません。それでも、できるまで何度でも同じ事を言う必要があります。
講師によっては大きな声で注意したり、できないことに失笑したりするかたもいるようですが、
私はそのような指導は好みません。
一人一人の個性や学ぶスピードは様々です。そのことにいち早く気づき、その個性を伸ばしながら展開してあげることができ
る先生こそが「先生」なのだと考えます。
自分では当たり前のことを伝えるのが教える仕事です。
部下に仕事をやらせるのと似ていると思いますが、
やらせるのは自分で
仕事をするより難しいことです。
さて、あなたはどんな「先生」に出会いたいですか?
