誕生月でもある8月
偶然か必然か
出逢った詩。
一度読んだら忘れられなく何とも切ない詩です。
退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。
悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。
不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。
病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。
捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。
よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。
追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。
(マリー・ローランサン 「鎮静」)
血の滲むような苦労があったり
砂をかむような悔しさを乗り越え
山あり、谷あり、
すぐ泣くし、すぐ飽きるし
上がったり、下がったりの毎日
色々な事を諦めながら
色々な事を期待しながら
色々な事に打ちのめされながらも
それでも
今は、
今だけは、
「好きな事」を優先しようと決めて生きてきたけれど
それはもしかして、欲しいままに跋扈しているだけではないだろうか?
誰かを思うままに懐柔してやしないだろうか?
自責の念に駆られる。
死ぬより哀れは忘れられるだなんて・・・
だれの記憶にも残らず想いだしてもらえないなんて・・・
誕生月という節目に改めて感じる
明日死ぬとしたらどうだろう
だれからも忘れられたらどうだろう
完璧な人間なんていないし
私自身立派な人間ではない。
誇れるような人生でもないし
むろん地位や名誉があるわけでもない
だけど
多くの人と出会い、心を通わせ、感情を楽しみ、泣いたり笑ったり。
良い事も悪い事も、山あり谷ありがあったからこそ充実した愛おしい人生だったように思うのです。
物質的な豊かさや地位や名誉など、
たまたま巡り会えば幸運ですが
巡り会えずともどうってことはないように思えます。
自分が幸せであることが大前提で、
状況は様々あれど、
この詩に触れた時、何かに気付かされました。
しばらく会っていない友人知人
別れたあの人
もうこの世にはいないあの方に
今夜は想いを馳せてみよう・・・
そして私も
誰かの記憶にいつまでも刻まれる存在でありたい。
